長い冬の時代 2
輸出産業の不安定性をいち早く見通して、国内販売に転換した稲葉食品の苦節17年・・・
そしてそれを成功させた営業マンの努力を、ここに記そうと思います。
アメリカの強烈パンチ業界では時として予想だにしない突発的な事件によって、長い苦難の道を歩かされることがあります。
1969年から74年に起きた一連の事件は、輸出依存型だった日本のマグロ缶詰業界に、強烈なパンチを見舞いました。
その頃は、マグロ缶詰というと輸出商品の花形で、実函で3百万箱を輸出していて国内販売の数量より多かったのです。
・・・ところが1970年12年15日、アメリカFDA(食品医薬品局)のエドワード長官が、緊急記者会見を開いて重大な発表を行なりました。
「輸入マグロの水銀含有量テストを行ない、水銀含有量が0・5PPm以上の荷口の通関を拒否する」
・・・という寝耳に水の通達でした。
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